がんばれ!東北!地域情報「2013年8月」記事一覧

復興への祈りを込め宮城の仙台七夕が開催

2013年08月29日

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 8月6日(火)~8日(木)の3日間、例年通り仙台七夕が開催されました。今年のテーマは「つなぐ」、被災地の復興への思いと全国の支援者の気持ちをつなげていくという思いを込めたそうです。仙台市中心部の商店街に、豪華絢爛な吹き流しや短冊を下げた約3000本の青竹が並び、3日間で206.3万人もの人出がありました。

竹飾りでは市内小学生が作った折鶴や被災地の人々の願いを書いた短冊、子どもたちの手形が並んだ吹き流しなどが目につき、華やかな飾りに込められた想いが胸を打ちます。仙台市役所前の「おまつり広場」には短冊に願い事を書くコーナーがありましたが、自分の願い事よりも「東北に笑顔があふれますように」「被災地の人たちが幸せになれますように」など復興や被災者への祈りを込めたメッセージを書く人の姿が多くみられました。

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青森のねぶたや秋田の竿灯といった「動」の祭りに対して、仙台七夕は情緒ある「静」の祭りと言われます。風になびく吹き流しと色彩豊かなくす玉が連なる通りを歩いていると、東日本大震災で亡くなった人への思慕や追悼、悲しみや苦難、それを乗り越えて前向きに生きようとする意志や希望...震災後3年間のさまざまな事が思い起こされて切なくなります。仙台市内の中心部には活気が戻り、この七夕祭りも猛暑にもかかわらず、なかなか先に進めないほどの混雑ぶりでした。その賑わいさえも胸に染みるのは、訪れた人々がそれぞれの想いを抱いて絢爛豪華な七夕飾りを見ているからではないでしょうか。

また、今年は東日本大震災のため中断されていた「七夕踊り」が3年ぶりに復活しました。勾当台公園市民広場のステージで浴衣姿の「せんだい・杜の親善大使」ほか30人の踊りが披露されると、観客席でも自然に見物客が踊り出しました。賑やかな踊りの輪に、復興への希望と地域の絆を垣間見た気がしました。

 
(記事・写真/島崎聖子)

福島の相馬野馬追、 一日も早い復興を願う。

2013年08月21日

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相馬地方は福島県の北東部に位置し、郡山市から約70kmほどの距離です。相馬野馬追は、相馬の祖「平将門」が野馬を放って行った軍事訓練と、訓練で捕えた野馬を神前に捧げたことに由来するお祭りで、国の重要無形民俗文化財に指定されています。1000年以上の歴史があり、震災のあった2011年も亡くなられた方々の鎮魂と地域の復興を願い、縮小規模ではありましたが開催されました。昨年からほぼ例年と同じ規模に復活し、今年は7月27日から29日まで行われました。

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東日本大震災と東京電力福島第一原発事故という困難の中、こうして祭りを継続することができたのは、『野馬追を絶やさない』という相馬地方の人々の熱意と努力、そして野馬追を代々受け継いできた誇りがあったからです。震災前は400頭ほどいた馬の約半数が震災後に行方不明になり、現在も避難している人や馬を他の地域に預けている人もいます。祭り最終日の行事である野馬懸(のまがけ)が行われた相馬小高神社は、現在も日中しか出入りができない避難指示解除準備区域です。全国から馬を譲り受けたり借りたりして集め、福島や郡山などに避難している人々も都合をつけて祭りのために戻ってきて、開催が実現したお祭りなのです。

27日に行われた相馬中村神社の出陣式で、「東日本大震災と原発事故からの一日も早い復興を願い、威風堂々行進し武勲を挙げるように」と述べた総大将の言葉は、騎馬武者たちはもちろん、相馬地方の人々、全国から集まった人々の心に深く響きました。見物している人たちからは「避難をして福島市で生活しているが、野馬追には毎年必ず戻ってくる」「おばあちゃんのいる相馬にお祭りを見に来るのが楽しみ」「野馬追開催のドキュメンタリー番組に感動して、一目見たいと関西から来た」などの声が聞かれます。相馬野馬追が福島の人々の心の支えになり、相馬地域のみならず全国の人々をつなぐ役割を果たしているのだと実感しました。


(記事・写真/島崎聖子)

復興のカタチ(1) ~岩手県・普代村~

2013年08月05日

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風光明媚な北三陸

 盛岡市から車で約2時間30分。向かったのは普代村だ。隣接する田野畑村とともにこの一帯には、北三陸を代表する景勝地が点在する。高さ200mの断崖に奇岩怪石、ダイナミックな海岸線を見渡せる「北山崎」、北緯40度のシンボル塔、白亜の黒埼灯台、展望台といった見どころ満載の「黒崎」など、夏にはぴったりの場所ばかりだ。

プレハブで営業再開した漁師の食堂

 この日は好天に恵まれ、美しい景色を堪能できた。お昼となったので、目当ての食堂「魚定」に向かう。ある雑誌で沿岸特集が組まれていたのを目にし、魚定の豪華な海鮮ラーメンに心を奪われ、ぜひ一度口にしたいと思っていたのだ。お店は普代村の大田名部漁港のすぐそばにある。到着すると、地元客らしき方が何人もテーブルに座り生協の様子。迷わず頼んだ磯ラーメンは、海の香りに包まれた絶品の味わいだった。うに、大海老、ホタテなど10種類以上の魚介は漁港で揚がった新鮮なものばかり。一気にスープまで飲み干したあと、店主の太田定治さんの話を聞いた。
 「これからの時季は定置網にいろいろな魚がかかるからねぇ。みんなに普代の海の幸を楽しんでもらいたいよ」
と話す太田さんも漁師。震災時には店が流され、現在ではプレハブの仮設店舗で営業中だ。店舗横に掲げられている木彫りの看板は震災後しばらくして発見されたもの。営業再開へ向けたメッセージのように感じられたという。

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 現在は夫婦で切り盛り。環境面ではもっといろいろなものを揃えたいはずだが、そんな憂いもなんのその。おふたりは明るく、みんなに食べてもらえるのがうれしいと話す。
 焼き魚や刺身の定食など種類も豊富にあったので、またいずれ訪れ、味わってみたいものだ。

昔から地元民に愛される店

 帰りには普代駅近くの老舗菓子店「三船製菓」に立ち寄り、この土地では慣れ親しまれた「あいすきゃんでぃ」を購入。ひんやりとした昔懐かしい味に癒される。普代駅構内には「深渡商店」という駄菓子や生活雑貨を取り扱う店もある。ここのおでんは、駅を利用する学生らにとって、いってみれば"おふくろの味"。震災の前も後も、変わらずにこうしておでんがあることに、安心感を抱く人も多いのではなかろうか。

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 あたりを一通り巡って家路につく。今や空前の「あまちゃんフィーバー」に湧く北三陸。古き良き港町の風景を心に焼き付けながら、継続する勇気・根気の大切さを改めて感じた旅であった。


(記事・写真/高橋拓磨)